中日スポーツ津ボート大賞 初日 開催中G1常滑周年 04/25
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Q.さて春園選手の話に戻りますが、インターネットで「春園功太」と検索すると、ボートレースよりも駅伝の成績がたくさん出てきます。
A.あぁ、まだ今はそうだと思います。

Q.いつごろから陸上競技をやっていたのですか?
A.真剣に始めたのは小学校4年生のときです。たまたま近所の人に誘われて県の大会みたいなのに出ることになったんですね。出るからには頑張ろうと思って、いちおう練習して出たんですけど、そしたらいきなり三重県で1位になれたんです。

Q.いきなり優勝!?
A.はい、それがきっかけで始めて、高校時代までやってました。

Q.調べてみると、全国都道府県対抗駅伝の三重県代表など素晴らしい経歴が並びます。他にはどんな成績がありましたか?
A.小学校のときは全国ランキング2番とかまでいけたんですけど。

Q.全国2位!?
A.でも中学校のときは東海大会でメダルを獲れるぐらいで、全国大会では全然活躍できませんでした。高校時代はもう全然ダメでしたね。


Q.高校は駅伝の名門・上野工業高校(現・伊賀白鳳高校)ですね。
A.はい、お誘いいただいて、推薦で入りました。

Q.工業高校ですが、何学科だったんですか?
A.電子機械科です。電気科と機械科を合わせたような学科です。いろいろやったんですけど、パソコンをいじるのが多かったですかね。

Q.高校卒業後の経歴にはトライデントスポーツ医療看護専門学校とあります。
A.はい、医療の専門学校で、鍼灸の勉強をしてました。高校卒業して陸上をもう辞めることになって、そのあとはスポーツに関係する仕事に就きたかったんで、専門学校で鍼の免許を取って、スポーツトレーナーをやりたいなと思ってました。陸上をやってたときにけっこう鍼治療を受けたりしてたんで。

Q.その専門学校は卒業まで?
A.いや、卒業まであと半年のときにやまと学校に受かったんで退学しました。

Q.なぜボートレーサーに転身を?
A.専門学校の2年生の終わり頃だったと思うんですけど、たまたまテレビで深夜番組を見てたときに、ボートレーサーが出てたんですね。後藤翔之さん(東京101期)でした。そこでボートレーサーはめっちゃ稼げるみたいな話題が出てて、「コレや!」と思って(笑)。応募の条件とか見てても、自分は全部当てはまってたんで、「イケる!」と思って、ほとんど直感でボートレーサーになろうって思いました。

Q.直感で!?
A.専門学校のときに、学校に行きながら見習いみたいな感じで働かしてもらってたんですね。そこが結構有名なところで、いつもプロのアスリートとかがたくさん来るんです。そういう人を見ながら、やっぱ自分もスポーツで稼ぎたいなって思い始めてて、その気持ちを心に抱きつつ働いてたんですね。だからボートレーサーをテレビで見たときに、「コレや!」と思ったんです。

Q.ボートレースはもともと知ってたのですか?
A.存在自体は知ってたんですけど、見たことなかったですし、全然どんなものかは分かってなかったです。

Q.やまと学校は何回受験したんですか?
A.1回です。でも最初スポーツ推薦の面接に呼んでもらったんですけど、それは落ちました。スポーツの経歴がたしか最近3年以内のものしか書けなくて、自分は高校卒業して2年ほど専門学校に行ってたので、駅伝やってた頃の経歴がほとんど書けなかったんですね。スポーツ推薦で落ちてから焦って勉強して、なんとか一般の試験で受かることができました。