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Q.学生時代のスポーツ歴は?
A.高校時代はボート部でした。手で漕ぐ舟、レガッタですね。変わった部活やなと思って始めたんですけどね。
ボート部は三重県では3、4校しかなかったと思いますよ。だから県大会とかもいきなり決勝戦なんですけど、宮川高校っていうのが全国大会でも優勝するぐらいめちゃくちゃ強くてね。僕は津高校やったんですけど、まあそんな強い学校があったら負けますわね。だから成績はたいしたことなかったです。
練習はかなりやってたんで、その頃は筋肉がすごいありましたよ。足とか腹筋、背筋ですね。強烈な筋肉してたから体重も60キロぐらいありましたからね。本栖の試験受けるときは10キロぐらい減量しました。

Q.デビュー当時の思い出は?
A.デビュー期の勝率が2.5ぐらいやったかな。あの頃はどうやったら勝てるかってことをとにかく考えてましたね。だから初1着は結構早いんですよ。11走目で取れましたからね。
何とか勝てる手段はないかといろいろ考えてたんですよ。テクニックはないし、エンジンもプロペラも分からん。じゃあどうやったらええか、考えた結果スタートしかないと(笑)スタートだけは集中して行こうと思って走ってたら、何本か1等が取れましたね。


Q.そのあとデビューから約1年半で初優出、約3年で初優勝と一気に成績が上がりました。
A.あれはプロペラが当たってたおかげですね。初優勝した頃はめちゃめちゃエンジン出てました。訳分からんけど、どこ行っても強烈に出てたんですよ。たぶん今までの選手人生の中で一番すごかったです。今あれぐらい出てくれたもうちょっとやれるのにって思うんですけどね(笑)
ただその時にね、何でこんなにエンジンが出てるんかっていうことを追及して考えてなかったんですよね。当たってるプロペラがあるから、それに甘えて何もせんかったんですよ。あのときもっと追究してプロペラを考えなあかんかったんです。そこがダメやったと思いますね。だからA1に上がったあとすぐB1に落ちたんですね。

Q.03年に福岡周年で優出するなど記念戦線での活躍も目立ってきましたが、その矢先の05年に魔のF3を迎えます。
A.あれはプロペラが新基準に変わった時なんですよね。新しいプロペラが訳分からんで対応しきれなくて、エンジンが全然出んかったんですよ。それでもう勝つにはスタート行くしかないと思ったら、3本切って半年休みですわ。やってしもたぁ……って感じですね。唐津のG3走ってるときで、即日帰郷させられましたね。

Q.F3で150日間の長期F休みがありましたが、その間はどんな心境でしたか?
A.休みの間はバイトしてましたね。ちょうどF3やるちょっと前に結婚してたんですけど、嫁が小遣いくれんかったんですよ(笑)それぐらい自分で稼げと(笑)
パチンコ屋の店員やってたんですよ。店の人には「土建屋やってて冬場はあんまり仕事ないんですよ」って嘘ついて入って。でも仕事始めて3日目ぐらいにお客さんから「おい、おまえ黒崎やろ!」って言われて速攻バレましたね(笑)津じゃなくて嫁の実家のいなべ市のほうでやってたんで絶対バレへんと思ってたのに、速攻でしたね。「サインくれ」とか言われてもうて(笑)