中日スポーツ津ボート大賞 3日目 開催中G3戸田オールレディース 04/27
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Q.バイクレースを始めてからチャンピオンにまで登り詰めるまでの経緯は?
A.まず高校を卒業して京都の専門学校に行ったんです。京都デザイン専門学校っていうんですけど、その中に高速自動二輪学科があってバイクの勉強をしてました。そこに通いながら20歳ぐらいの時に鈴鹿レーシングスクールに入って、本格的にレースを始めたんです。
レーシングスクールの1年目は80ccのミニバイクで小さいレースに出てて、その次の年は600ccに乗ってました。

Q.80ccからいきなり600ccに!?
A.はい、死ぬかと思いました(笑)
ちょうどその頃600ccクラスのレースが始まったばっかりで、そこで活躍したら次のステップに進みやすいっていうのがあったんで、いきなり600ccで行ったろと。
それで鈴鹿の4時間耐久レース(2005年)で優勝できて、その次の年から600ccで全日本選手権にデビューできました。でも最初は気持ちばっかりが前に行ってて、よく転倒してケガをすごいしたんですよ。最初の2、3年で何カ所も骨折しました。たぶん手だけで7、8カ所ですね。びっくりするくらい簡単に折れるんですよ。気が付いたらどっか折れてますもんね(笑)
結局2006年に600ccで全日本選手権を1年間走ってたんですけど、ケガが多かったんで所属チームのオーナーから「250ccに下げて勉強し直せ」って言われて。それで2007年と2008年は250ccのGP-MONOクラスで走って、2008年にチャンピオンが獲れました。


Q.全日本チャンピオンとなって、世界へ進出する計画はなかったのですか?
A.その頃はバイク業界がちょっと低迷してるのもあって厳しかったですね。昔は全日本でチャンピオンになったら世界へ行く人が多かったんですけど、もう時代が違ってました(笑)それに自分はその頃もう26歳やったんで、年齢的にもダメですね。その歳で世界に行こうと思ったら、全日本の最高峰の1000ccで圧倒的な活躍をするぐらいじゃないと無理なんです。なのでもう自分は違う道に進んだほうがいいのかなと思って。

Q.それでいよいよボートレースの道へ。
A.ちょうどその頃に106期からボートの選手募集の規定が変わったんですよね。視力もバイクやってる頃にレーシックをやったんで大丈夫でした。
それで106期の試験を受けようと思って、所属チームのオーナーのところに行って「試験受けてもいいですか?」って聞いたんです。そしたら「とりあえず2008年のチャンピオンを獲ってから考えたらいいんちゃうか?」って言われました。
その頃はチャンピオン争いしてる最中だったんですけど、もし合格しても入学するのはシーズン終わってからだし、そもそも合格するかどうかも分からないし、あわよくばOKしてくれるかなと思って聞いてみたんですけど、やっぱ無理でしたね(笑)社会は甘くなかったです(笑)
でもオーナーは僕がそんなこと言ってるのに、チャンピオンを獲るまですごい応援してくれたんですよ。なんて器のデカ人なんやろと思いました。こんな人の近くにずっとおりたいと思ったのが、三重に残って三重支部に入るきっかけにもなりました。
Q.バイクレース時代にもファンがたくさんいたと思いますが、ボートレース転向に対して反応はどうでしたか?
A.半々でしたね。良い決断やって言ってくれる人もいれば、とりあえずもう1年は走れよって言う人もいました。
チャンピオンが次の年におらんのはアカンやろって(笑)